【満員御礼】6月のイベントのお知らせ
【満員御礼】八千代台図書館・公民館合同主催講座
大和田宿と成田道~成田参詣いまむかし~
江戸時代、庶民の間で爆発的なブームとなった成田参詣。その重要な宿場町として栄えたのが「大和田宿」です。
古代~安土桃山時代に至るまで、日本人にとって、旅は娯楽にあらず。主に「国家からの徴用」か、「信仰」のためでした。野生動物や山賊の襲撃に怯えながら獣道同然の「道」を急ぎ、人里に着いても安全の保障は無く、善意の宿を得るか、極めて限られた公の宿を頼る以外は野宿をするしかなく、万が一体調を崩したり、路銀が尽きたりしたら人生が終わる可能性すらありました。そして、そのような命がけの旅を好んでする人は稀でした。
旅が娯楽となったのは江戸時代中期以降。街道や宿場が幕府によって整備され、ガイドブック等が出版され、漸く旅は「楽しむ」ものとなり、女性同士の旅すら見られるようになりました。それでも車も新幹線もない江戸時代のこと。人気の伊勢や日光、善光寺等への旅は莫大な資金と日数がかかり、江戸庶民にとっては一世一代のイベントでした。
そんな江戸庶民にとって、比較的近場にして、気軽に、リーズナブルに楽しめたのが成田参詣です。そしてそれを支えた成田道(佐倉街道)には短いながらも個性豊かな宿場町が並びました。街道最大の歓楽街・「船橋宿」、風光明媚な印旛沼のほとりの「臼井宿」、城下町「佐倉宿」、成田入り前の身支度を整える「酒々井宿」など。そのなかでも江戸から成田のちょうど中間地点であった「大和田宿」は、成田道の中継地点として栄え、多くの旅人の往来を見守ってきました。
本講座ではかつて旅人たちが歩いた成田道の歴史や、大和田宿の賑わい等を郷土博物館主任学芸員の宮下先生に分かりやすく解説いただきます。毎年人気の郷土の歴史講座。ぜひお気軽にご参加ください。
お断り
本講座では都度、講座内容への質疑応答の時間をお取りしておりますが、市政へのご意見や批判、市の見解を問う方が散見されます。
今後は、講座テーマと間接的に関連があると思われる場合であっても、そうした類のご質問ご意見は固くお断りいたします。類する質問と主催者が判断した場合、その場で質問を打ち切らせていただきます。
講座は市の姿勢を問う場ではありません。予めその点をご承知の方のみご参加くださいますようお願い申し上げます。
◆【おまけ】水戸黄門様も(ドラマで)歩いたかもしれない成田道
街道と宿場町を舞台にするドラマの代表といえば,言わずと知れた長寿番組「水戸黄門」です。
全43部・1000回以上の放送の中で,千葉県は街道筋から外れる,あるいは江戸から近すぎることもあってか,舞台として選ばれる回数は案外少なかったかもしれません。少ない中で,さらに大和田宿が舞台となった回は残念ながらありませんが,城下町の佐倉は3回,話の舞台として選定されました。第11部第25話「胸に悲願の裏切り者・佐倉」,第18部第2話「御老公爆殺指令!・佐倉」,第22部第2話「旅のはじめの鬼退治・佐倉」がそれです。おもしろいことに,東野英治郎さん・西村晃さん・佐野浅夫さんと歴代の黄門さまがご丁寧に1回ずつ、佐倉で悪人を成敗しています。水戸の西山荘から江戸までは,水戸街道を利用することが1番効率的ですが,たまには下総も見聞する必要があって,佐倉に寄ったのかもしれません。その際は,恐らく成田道を通り,江戸へ赴く際には(ドラマのおはなしとはいえ)大和田宿も通ったものと思われます。
とはいえ,幕府の最高幹部を輩出した佐倉藩で,黄門さまが大暴れするような不正や内紛が起きてしまっては,幕府の統治能力が疑われかねないですし,江戸から近すぎること,佐倉も水戸も同僚に近い関係であったため,黄門さまがふらっと佐倉に立ち寄って,「お主の国元は腐っておるな!」とやるのは水戸家としても政治的なリスクが高すぎるかもしれません。そのためか,ドラマでも精々藩主の不在時に悪事を働く小悪党を裁く(ちなみに西村黄門さまの時は国家レベルの陰謀劇でしたが)程度に留めている節があります。
理由がどうあれ,黄門さまご一行が成田道を通ったと想像しながら大和田という土地を眺め,再発見することもまた,大いに「あり」です。恐らく講話に黄門さまは登場しないとは思いますが,そういう楽しみ方もまた一興と言うおはなしでした。
